皆様に質問です。「ご自宅でもっとも最近作ったご飯の食材が、いつ、だれが、どこで、どのように生産されて、どのような移動手段を使ってどれくらいの距離を移動して食卓へ届き、どのような農薬や添加物が使われているのか、把握していますか?」おそらく答えることができるのは、ほんのごくごく一握りの方でしょう。私が国会議員になってから3年間、この質問を折に触れてしていますが、手を挙げた人はまだいません。
「日本の歴史の中で、今ほど自分や家族の口に入る『食べ物』に無責任な時代はない」衆議院農林水産委員会で農林水産大臣に対し、私が問題提起した言葉です。かつては、同じ村の仲間が、見たことのある「その辺の」田や畑で生産した食べ物が口に入っていたからです。今は、生産表示を見なければ、わかりません。私の政治家としての、4人の子どもの父親としての問題意識です。この政策提言は、この問題を克服し、日本の農林水産漁業の発展につなげるための提案です。
個人の視点で見ると、毎日の暮らしの中で自分や自分の大切な人の口に毎日入る「食べ物」は、太ったり痩せたり、血圧が上がったり下がったり、その人の健康状態に、大変強い影響を持ちます。その食べ物に対して無責任ということは、自分の体に対しても無責任ということです。いつ収穫されたか定かではない野菜、どんな環境でどんなえさを食べさせたかわからない家畜、夏の厳しい暑さの中放置していてもいつまでたっても腐らない加工食品も少なくありません。
また国家の視点で見ると、農林水産畜産漁業は、あらゆる国家の活動の原動力となる国民が生きていくために不可欠なものであり、その国の伝統や文化を表すもの、つまり国家の礎であり、国家のあり方を示すものとも言えます。食べ物の63%(日本の食料自給率は37%!)を輸入に頼っていることは、政治の無責任です。
新型コロナウイルスの感染拡大では、日本がほとんどを輸入に頼るマスクの需要がひっ迫したとき、マスクを輸出する国々はまずは輸入を止めて、自国の国民にいきわたらせることを優先し、日本への輸入が停滞し、深刻なマスク不足が発生したのは記憶に新しいと思います。
全国トップの農業地域である豊橋と田原は、日本の農業が直面する課題に最初に直面する使命を帯びています。どうすれば「食べ物」に責任のある政治が実現するのか?今後、世界的に人口が増加し、食糧の需要が高まることが想定される中で、より高い価格で他の国が穀物を買い取りはじめたらどうするのか?本稿では、①日本を取り巻く大きな食と農の現状を分析し、②日本の一次産業の課題を抽出し、③豊橋と田原の一次産業への提案をします。
日本と世界の農業の現状
日本の食料自給率は37%です。これだけ輸入に頼っている以上、日本の食と農業は、世界の大きな流れと切り離して考えることはできません。好むと好まざるにかかわらず、自分の身を守るためにも、食と農をめぐる世界の大きな潮流に飲み込まれることなく、豊橋と田原の成長として取り込むためにも、まずは食と農に大きな影響を与える流れについて説明します。
①今後20年で世界の食糧需要は1・5倍という未曽有の時代
世界の人口は、増加を続けています。1990年に50億人だった世界人口は、2010年には69億人、2030年には85億人に増加すると推定されています。そして、中国、インド、ブラジル、アルゼンチンを中心に、発展途上国では、食の水準が上がる中間所得層(年間収入が50万円~250万円)が爆発的に増加し、2010年、世界で100万世帯だったものが2030年には340万世帯に達すると推計されています。今後20年間で食糧需要は1点5倍ほどに膨らむことが予想されています。
②日本は典型的な「食糧輸入依存国家」
また、世界で輸出入の取引量が多い農産物は「小麦」「大豆」「トウモロコシ」「砂糖」です。輸出入に頼る率が高いということは、生産地の政治情勢の変化や大規模な自然災害などが発生した際には、その影響で供給量が激変するリスクを抱えているということです。日本の小麦の輸入率は88%、大豆はなんと93%、トウモロコシは100%(トウモロコシの生産者やめっくんハウスで常に国産を見ている私は強い違和感があったが、1%に満たないそうです)その一方で砂糖は61%比較的低めですが、日本は典型的な「食糧輸入依存国家」と言えます。
輸出は小麦でいえばカナダ、ロシア、アメリカなど輸出国家が安定した地位を確保しており、小麦の輸出入の大きな流れは、2030年から2050年も変わらないことが想定されます。また大豆もブラジル、アメリカが輸出国の中心となり、今後10年ほどで世界全体の消費量の3分の2が、輸入に占められる予定です。
③気候変動のインパクトははるかに想像を超える
今後、今世紀の一次産業の成長戦略を考える際、切っても切り離せないのが気候変動とのかかわりです。結論から言えば、これまで寒くて農産物を作ることができなかった地域で作ることができ、これまで作ることができた地域で、気温の上昇などにより作ることができなくなっています。気候変動の影響を受けて輸出量の減少が見込まれるのがアメリカやブラジルという二大輸出国です。
一方、ロシアやウクライナといった寒冷地の輸出国は、温暖化を受けてさらに供給量が増加することが予想されます。気候変動による災害の激甚化、気候の極端化は、皆様も肌で感じていると思います。輸出大国の洪水、干ばつ、山火事なども、農業地域が偏在する世界の食料環境では、甚大な経済的なインパクトを与えることになります。
こうした中で、輸入先の国で干ばつや火災、それに洪水などの被害を生産地が受けた場合、生産が停止してしまったり、日本よりも経済的に優位に立つ中国などが買い占めをされたりするリスクも高まることから、輸入先の多様化は、達成することが極めて重要になってきます。
④需要増に伴う資源の需要も「増」
食糧の需要が高まるということは、農地の需要も増えるということになります。2030年には、4800万ヘクタールの農地が不足すると予想されています。日本の面積は3779万ヘクタールですから、世界で日本1個分以上の農地が不足する計算になります。
さらに、農地の拡大には必ず水資源の需要が伴います。2010年に比べて2030年には3倍以上の水の需要が世界で増えることになります。スイスやフランスなどに「水メジャー」と言われる企業がありますが、日本も上下水道の運営ノウハウや土地改良事業、それに海水淡水化プラントなどの技術で優位性を持つ分野もあります。どの分野の技術開発が世界で求められているかを考えるうえでも、これらの世界的な流れを把握しておくことが必要です。
日本の一次産業後継者の問題、耕作放棄地の問題、いずれも世界的な展望を理解すれば、解決への望みはそれほど薄くないことがわかります。それでは日本の一次産業のとるべき政策について、次の章で述べます。
すべての工程で「カイゼン」が必須
これまで日本を取り巻く世界の環境について説明してきました。日本の農業が成長をしていくためには、これまでの農業の枠にとらわれず、ありとあらゆる業種業態の参入を受け入れる態勢を整えなければいけません。テクノロジーの発展を触媒にして飛躍的に発展した農業の例は世界でも枚挙にいとまがありません。
その一方で、世界的な大きな潮流を理解し、どういう食物の生産に重心を置くことが中長期的に成長を勝ち取ることになるのか、グランドデザインを描かなければなりません。ここでは、栽培計画から私たちの口に入る段階まで、工程ごとに、とるべき政策について述べていきます。
農地を守りつつ、流動性を強化
農業従事者の高齢化や後継者不足により、耕作放棄地が増え続けています。その一方で規模を拡大して生産性を向上させようとする若き経営者も増えています。そうした中で課題となっているのが農地の流動性です。所有者が不明であったり借り入れの条件が明確にされていなかったり、荒れ果てていてすぐに生産できる状態ではなかったり。日本は細切れの圃場が多くあり、引き続き効率的な圃場を整備していく必要があります。
農水省は、すでに土地の流動化に向けた取り組みを加速させています。農地バンクというサイトを地方自治体に作成し、希望者は閲覧することができます。これをもう一歩前に進むため、農地の不動産事業を育成します。
アメリカでは、小さな農地を買い集めて集約して利用価値を高めて売却するビジネスが定着しています。それぞれの土地の不作の可能性や水資源の状況など調査をして格付けをし、労働力を雇って、農地を維持しているということです。世界は、中長期的に食料の需要が増え続けることから、農地不動産事業は今後さらに成長していくことが予想されます。日本でもこの農地の硬直性を解消するための更なる取り組みとして、農地の不動産事業の育成が必要です。
農家の知恵と経験をテクノロジーで見える化
かつては、生産が上手な「篤農家」の下で修業を積んだり、地域ごとに研修会を開いて知識を共有したりして、栽培の方法は伝授されてきましたが、一般化することがなかなかできませんでした。これを見える化するための取り組みが不可欠です。
土の成分、温度、二酸化炭素などデータの集計だけでなく、どのタイミングで水をやり、肥料をまき、豊凶にどのような影響を及ばしたかという膨大な情報を蓄積し、「こうすればあの人の畑みたいに育てられる」というところまで示さなければなりません。「篤農家」の活動記録を蓄積するとともに、科学的データで裏付けをして、一般化します。政府として「職人の勘」を見える化するスタートアップを支援します。
アメリカでは、栽培計画にテクノロジーを活用して見える化するビジネスが起きています。衛星画像による全体像の把握と土地の成分の検査、それにトラクターなど農機から得られるデータを分析して、平方メートル単位で、どこにどのような農薬と肥料が必要かを算出します。そのデータをもとに農機を制御し、栽培を効率的に行います。また、そのデータを蓄積することで生産規模の拡大や利益の拡大のための専門家の指導を受けることができます。
かつて「職人」の感覚と記憶に頼っていたものが、より正確に、より細かく、科学的な知見をもとに、誰もが、栽培計画を行うことが可能になっています。
資材価格の見える化
生産の効率化のために不可欠なのが「肥料」など農業資材のコストダウンです。肥料を例にご説明します。農林水産省によりますと、隣国の韓国の肥料の銘柄は5700銘柄。その一方で日本は2万銘柄。多品種生産は、コストアップにつながります。コメ、野菜、園芸など必要な肥料、農薬、資材を特定し、全国的に銘柄を集約していかなければなりません。
そして、生産者がより安い、品質の良いものを自由に選ぶことができる環境整備のために「アマゾン」や「価格ドットコム」のようなサイトを作ることができれば、より健全な競争が進むことが想定されることから、政府が農協と連携して、このような環境を整備する仕組みを整えます。
労働力と生産者のマッチング
忙しい時期とまったく人手を必要としない時期のある農業は、労働力の効率の良い確保が課題です。かつては、向こう三軒両隣の皆さんが手伝ってくれることで乗り切ることができましたが、生産規模を拡大すればするほど、難しくなってきます。
労働力と生産者のマッチングの必要性は、全国的に高まることが予想されますが、豊橋では「アグリトリオ」という会社がその取り組みを開始し、軌道に乗り始めています。子どもが手を離れた主婦の方や、企業を定年退職した方で「会社を辞めたら土にかかわって生きていこう」とか「一年中は嫌だが、農家さんが忙しいときに出荷を手伝ってみたい」といった方も増えています。このような方が、スムーズに仕事に入ることができるような仕組みづくりが急務です。
生産者と消費者を直接つなぐ情報システムの必要性
電照菊は、出荷の時期を遅らせて、価格のより良い時期に販売するということは、知られていますが、農産物は、消費者の需要によって、同じ品質で生産をしても価格は何倍にも上がったり下がったりします。
ですから、生産者が、小売りやレストランが事前に連携をとることができていれば、相場の大きな変動は軽減することができます。すでに一部の取り組みが始まっていますので、生産者と消費者の細かいネットワークの形成を後押しできる情報システム、プラットフォームの構築を政府が支援する仕組みを作ります。
輸出はわかりやすく国家でブランディング
最後に、経済成長と直結する輸出についてお話します。国内の需要は、人口の減少と高齢化によって、減退していきます。このため、海外への展開は考えなければなりませんし、無限のチャンスが広がっています。
海外の輸入の成功事例を紐解くと、必ず、国家レベルでのブランドを確立しています。例えばノルウェー産のサーモンと言えば、皆さんの食卓や回転寿司でもよく目にします。ノルウェーは国家で生産から販売までを一括で管理して一定の水準をクリアした商品にのみ、品質保証ロゴを付与しています。そして、魚の種類ごとに担当者を置き、グローバル戦略を策定し、海外事務所やマーケティング諮問委員会というものを設置して輸出戦略の精度を向上させています。各大使館に海外事務所を設置し、市場の動向をタイムリーに把握をし、本部と現地が連動してブランディングの確立に成功しているということです。
日本の農産物は、高い品質と信頼性があります。この高品質という特徴をこれからも維持するとともに、どの分野の商品で勝負に出るのか。農林水産省に、成長を続けるアジアをはじめとする海外の需要見通しを分析し、日本の得意分野を分析する専門の部署を設置が急務です。
豊橋と田原ができること
これまで大きな世界の一次産業の流れや展望、そして日本の一次産業の課題について説明してきました。それでは具体的に豊橋と田原を選挙区とする政治家として提案をいたします。
田原市は市町村別農業産出額全国でなんと1位、豊橋市も10位。この地域の金額を引き上げていて、かつ今後世界的な需要増が見込まれる生産物を東三河で協議をして策定をし、大生産地としてのブランド化を進める必要があります。
①渥美半島をアジアの「食糧庫」に。渥美半島―セントレア直結道路の建設
~渥美半島食糧庫計画~
世界の食料需給は、今世紀前半は確実にひっ迫します。つまり輸出をしていけば、ビジネスチャンスにつながります。そのためにこれまですでに生産を継続している、生産が定着している得意分野の生産をより強化します。
ご近所であるアジアに目を向ければ、まずは所得の増加で、たんぱく質の需要は高まります。すでに養豚が盛んな豊橋市や田原市、渥美半島でも、さらに戦略的な輸出品目として、後押ししなければなりません。そしてさらに、中高所得者層は健康志向が高まり、安全で栄養価の高い野菜などの需要が必ず高まります。キャベツやブロッコリーなど渥美半島や豊橋市の葉物野菜で生産の拡大を目指します。
そして空の輸出拠点としてのセントレアと渥美半島を直結させる「渥美半島―セントレア直結道路」の建設を目指します。渥美半島の農産物や畜産物を30分程度で空港に運搬し、素早く海外の食卓に届けることができれば「アジアの食糧庫」とみなされ、生産拠点としてだけでなく食料を保存する「倉庫」としての役割を担うことができます。
企業の参入だけでなく、おいしい食べ物を求めての観光客が増加することが想定されます。今後地域の中で議論をし、需要が増加することが想定される食料を選定し、生産を始める必要があります。アジアの食料の物流の拠点とすることで渥美半島の経済全体を活性化し、「おいしいものを食べられる場所」と認識されることを目指します。
②農業版「商社マン」の育成
~オーケストラでいう指揮者の育成~
食と農は、農地の取得から食卓への輸送まで多くの工程が存在します。世界では、それらの工程に異業種の知識や新たなテクノロジーを組み込むことで、またその垣根を取り払うことで成長が加速しています。バリューチェーンとも呼ばれますが、それぞれの生産の工程で、付加価値を生み出すことを考えるとともに、別々の工程を一体化させることで進化を遂げることなども少なくありません。
ここで、作物ごとに、上流から下流までの全体を見渡せる人間が必要になります。オーケストラでいうと、指揮者にあたります。それぞれの工程ごとに利益を最大化することを考え、また販路の確保や拡大、市場調査を継続的に管理する人材です。農林水産省から地方の農政局で働く有能な人材が数多くいます。一気通貫でものを見て価値を最大化する専門官として位置づけます。
現在、消費者はただ単に食べ物を食べることよりも「こんなこだわり生産者さんがこんな風に作りました」という物語を求めています。生産者の皆さんにどのような物語や付加価値をつけて販売を拡大していくのか。徹底的なマーケティングをもとにSNSや動画で発信をすることが求められます。
このように上流から下流まで全体を通して把握し、改善を進めていく作物ごとの「商社マン」を設置します。そのためにも国家として戦略的に輸出をする作物を限定し、そのプロジェクトに参加する地域には専門の「商社マン」を置き、一元的に管理をします。豊橋市と田原市でも、地元の自治体、国、JAが連携をして、専門官を決定し、各工程へのテクノロジーの参入、垣根の取り払い、生産者から消費者への直接の呼びかけ、海外の市場調査、継続的な営業を行います。
日本の農業の課題として、各工程の垣根が高すぎること、そして輸出においては、現地の継続的なマーケティング、営業活動が行われていないことが課題でした。今世紀前半は、食糧の需要がひっ迫することは間違いありません。この大きな流れの中で、どのような品種を栽培し、各工程で利益を最大化し、安全安心を実現するのか。「商社マン」を各生産地に置き、世界の成長を取り込むための素早い対応が求められています。
参考文献
・マッキンゼーが読み解く「食と農の未来」アンドレ・アンドニアン 川西剛史 山田唯人
・OECD-FAO Agricultural Outlook(2017)
・農林水産省 ホームページ
・FAO(世界食糧機関)
・USDA
・IPCC